やさしい心が生きる力になる
新型コロナウイルスの影響で2週間の短い夏休みが明け、8月の終わりの太陽が照りつける朝、横浜市立青木小学校の角野公利校長先生を訪ねました。LITTLE ARTISTS LEAGUEのアートプロジェクト「やさしさの花」に協力することをご快諾くださった角野校長先生に、長年取り組んでいらした子ども達の心の教育についてお話を伺いました。
先生が「やさしい心の郵便箱」を始めたのはかれこれ14年前のこと。自動車会社のセールスマンを経て、教員となった先生は、子ども達が将来幸せな大人になるためにもっと何かできると常に感じていたといいます。14年前に横浜市の小学校の校長に就任し、始めたのは数々の「心の教育」の取り組みです。その根底には「やさしい心は必ず将来、子どもたちの生きる力となる」という強い信念があったそうです。
先生が発案した「やさしい心の郵便箱」とは校長室の入り口に設置してある深緑色の郵便箱のことです。入学したての1年生から、卒業を控える6年生まで、日々の生活の中で発見したやさしい心を子ども達が手紙に綴り、ここに投函します。児童からの手紙は匿名にし、一通一通校長先生の丁寧なお返事と共に毎月学校便りに掲載されます。
低学年のお手紙は「今日、前の席の人が消しゴムをひろってくれました。うれしかったです。」といった素朴なものから、高学年の手紙は、「今年初めて雪が降った数日後」「日陰で固まったとてもやっかいな氷状の雪を一生懸命」雪かきをしている校長先生と技術員の先生方にあてた感謝の手紙まで様々です。
1年生の1学期に「せいかつ」で行う学校探検の直後なのか、平成30年6月の学校便りには「えんちょうせんせい、だいすき」「えんちょうせんせい、ありがとうだいすき。」といったお手紙が何通もあります。校長先生のお返事には「こんなお手紙がたくさんやさしい心の郵便箱に入っていました。もし、「えんちょうせんせい」が校長先生のことならとても嬉しいです。1年生のみなさん、これからもよろしくね。」と思わずほっこりしてしまうエピソードも。
「校長先生へ
〇〇さんがやさしいです。いつも朝声をかけてくれます。
〇〇さんがやさしいです。給食の時にしゃべってくれたからです。
〇〇さんがやさしいです。
掃除の時間にちょっとにしゃべってくれたからです。
〇〇さんがやさしいです。
中休みにいっしょにトンボを見つけてくれたからです。
〇〇さんがやさしいです。
学校で中休みに鉄棒で遊んでくれたからです。
〇〇さんがやさしいです。
学校で朝元気なあいさつをするからです。」(平成29年1月)
この手紙に添えられた校長先生のお返事には「あなたはやさしいお友だちを見つける天才だね。それはあなたの心がやさしいからだよ。だからお友だちのやさしさに気づくんだね。これからもお友だちのいいところをいっぱいいっぱい見つけてね。」とあります。毎日を一生懸命生きる子どもと、そんな子どもたちの心にやさしく寄り添う校長先生の素敵な心の交流を見ることができます。
また、この手紙はある担任の先生からです。「先日、清掃の時間の事です。隣の5年生が校外学習でいないことに気づいた2年生が5年生の廊下を掃除し、続いて教室も掃除し、そしていつだったか6年生がしてくれた時のように、黒板いっぱいに「おかえりなさい。たのしかった?」の文字が書かれました。そしてクラス中の子たちが集まってそれぞれ絵や言葉をかき始めました。野毛山動物園から帰った時6年生が黒板いっぱいに「おかえりなさい。たのしかった?」の絵とメッセージがよほど嬉しかったのでしょう。自ら気づいて考えて行動した2年生がとてもかわいくてたのもしく感じた瞬間でした。」(平成30年12月)
このエピソードは、角野校長先生が、青木小学校で初めて導入した全国で例を見ない「縦割り教室配置」という取り組みの実りのようです。「縦割り教室」とは、違う学年のクラスを隣同士にするというもので、例えば2階のフロアには、6年1組を挟んで、1年1組と3年1組、向かいの校舎には5年1組を挟んで、2年1組と4年1組が配置されています。この取り組みの狙いを先生は次のように語ってくださいました。「自己肯定ができない人間は他者にやさしくすることはできない。どんなに秀でた人間の集まりでも、集団には必ず2割の劣等感を持つ人が生まれる。でもどんな6年生でも1年生からしたら立派な頼りになるお兄さん、お姉さん。小さい子に慕われるという感覚が自己肯定感を高め、そして思いやりの心を育てる」と。
校長先生は、朝会で子どもたちに直接やさしい心について繰り返し触れる以外にも、毎年各クラスを受け持つ教員たちにもそれぞれ「心の教育」に取り組むように指示をしているといいます。校内の廊下にも子どもたちが書いた「やさしいこころ・うれしいことば」が貼ってあったりと、「やさしい心」が青木小学校の文化になっていると感じました。
LITTLE ARTISTS LEAGUEが今回取り組むアートプロジェクト「やさしさの花」を企画する中で、キーワードの一つとして何度もあがったのは「やさしさは伝搬する」というものでした。人は誰かにやさしくされれば、他の誰かにやさしくすることができる。一つの「やさしさの花」から無限の「やさしさ」を生むことができるはず。全世界を襲ったパンデミックは、今までの私たちの日常や生き方を問い直す機会となりました。何が必要で何が重要なのか。世界からは心の痛むニュースが絶えませんが、今もこれからも大事なのはempathy・共感 とcompassion・思いやり を持って生きること。アートを通じて多文化共生に取り組んできた私たちが、このプロジェクトで一番実現したいことは「みんなのこころをやさしさで繋げる」ことです。
校長先生の貴重なお話をたくさん伺って、希望とやさしさに溢れる子どもたちの未来が色鮮やかに思い描けた時間となりました。
青木小学校の児童のみなさん、素敵なインスピレーションをありがとうございました。
角野校長先生、本当にどうもありがとうございました。